#柏餅

      2018/05/16

初節句🎏のお祝いを沢山いただいたので、近くのお菓子屋さんにお返しを買いに行きました。そこに柏餅が売ってありました。縁起物ですし、パパは独特の風味が好きなのでママにオネダリして買ってもらいました。美味しくいただきましたが、パパは「なぜ、端午の節句🎏に柏餅をたべるのか?」という疑問が浮かびました。調べてみると江戸時代からの風習で「柏の木は 新葉が出るまでは古い葉が落ちない⇒次の世代が現れるまで残っている⇒家系が絶えない⇒御家安泰・子孫繁栄」という意味がある様です。跡継ぎの成長、端午の節句を祝うにはピッタリの御菓子だったわけですね。また、葉には殺菌作用もあるようです。
ここで、もうひとつ疑問が、小さい頃に食べた柏餅は、葉はっぱが「茶色」だったのに、最近は「緑色」が多い気がします。これも調べてみると面白いことが分かりました。
実は江戸時代、柏餅の葉っぱは緑色でした。明治になって茶色になりました。これは明治維新の影響なのです。
まず、長い戦いの上で設立した新政府は財政難でした。今もですが、日本全国に公務員はた~くさんおり、その人たちに毎月給料を払うと大変な額になります。
そして当時の日本の暦は月の満ち欠けに基づいて一か月を定める太陰暦でした。※1
月の満ち欠けは約29.5日なので29日と30日の月を組合わせ、1年を12か月としていました。1年は29.5日×12ヶ月=354日となります。しかし、四季(太陽の回りを地球)は約365日で一周します。毎年11日のズレが生じます。これを修正するために三年に一度、閏月を設け、1年を13ヶ月としていました。※2
新政府は年12回でさえ払うのが大変な給料が13回に増えることを避けるため、明治5年12月3日に太陰暦から太陽歴へ改め、その日を明治6年1月1日としました。これにより、永久に13ヶ月目の給料を払う必要が無くなり、さらに明治5年12月はたった2日しかなかったので、「12月分は払わなくてもよいでしょ!」とし、明治5年は給料を11ヶ月分しか払わず、1ヶ月分を浮かすことが出来ました。
旧暦の5月5日(現在の6月20日頃)にお祝いしていた端午の節句ですが、新暦でも5月5日に祝うことにしたために約45日前倒しになりました。新暦の5月5日頃では柏の葉が小さく、餅を包めるほどの大きさはありません。そこで柏の葉が大きいころに収穫し、数か月保存して使用することにしました。その保存の過程で緑色だった葉が茶色に変色してしまいました。それからずーっと柏餅は茶色い葉で包まれていましたが、昨今の真空保存技術の進歩により緑色のままで保存が可能となりました。なので、最近の柏餅は葉が緑色なのです。

柏餅の葉にこんな歴史が隠されていたとは…驚きです。

※1潮の満ち引きや生命の生死、月経等は月の満ち欠けの影響を受けるので太陰暦の方が便利なこともある。
※2太陰暦から閏月で修正する暦は太陰太陽暦と言う

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